03 福田貴文 Takafumi Fukuda

テレビ番組で地元野菜をPRする福田貴文さん(右)提供:福田貴文(松山市農林水産課)

テレビ番組で地元野菜をPRする福田貴文さん(右)提供:福田貴文(松山市農林水産課)

 

 

 私たちは、地方の活性化への関心から、農家が作物を加工して販売し、利益を上げる「第六次産業」の可能性について調べています。そこで、私たちが住んでいる松山市の農家の現状や、市の取り組みについて松山市役所経済産業部農林水産課の福田貴文さんにお話を伺いました。

 農家の収益を上げる方法として六次産業化することが最善策だと簡単に思っていましたが、低金利融資や交付金など国の制度を活用して六次産業化に取り組む農家は松山ではゼロ。背景には、制度の使いにくさや、加工 の向き不向きなどの問題があるようです。このような状況でも、行政が今できることとして販路開拓をする福田さん。その取り組みは実を結び、少しずつ農家の収益にも繋がっています。

 

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profile
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1973年生まれ。99年に松山市役所に入庁。生活福祉課、行政改革推進課などを経て、2010年より経 済産業部農林水産課にて、主に流通販売を担当。

 

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interview
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全国を駆け回り「松山」を売り込む農政マン。

農家の収益を1円でも高く!

 

Q1 農業の現場はどういう状況ですか?

 「年収何円もらえたら農業をやりますか?」と会議などで出席者の方に聞くと、中には800万円、1000万円という数字が出てきます。農家さんの仕事は、年中無休のきつい仕事だからです。例えば収穫時期などは、農家さんは、昼までに収穫をし、農協などへ出荷しなければならないので、朝の 4時くらいから収穫をします。出荷が終わってからも、剪定をしたり、農薬をまいたりと、夕方4時、5時まで、作業があります。そういった作業が1年間ずっと続くわけですから、当然、仕事の大変さに見合うだけの収入がほしいですよね。しかし現実には、農家の年収は300万400万円あれば良い方だといわれます。だからよく農家のみなさんが言われるのが「自分の子どもには継がせたくない」と。

 

Q2 今、日本における農業再生の切り札として、一次産業 (農林水産業)×二次産業(加工業)×三次産業(サービス産業)=「六次産業化」が話題となっていますね。この第六次産業化は、実際松山市では進んでいますか?

 農家の方の収入を上げるためには、農作物を高値で取り引きされるようにするか、現在廃棄しているような規格外品などを収入につなげるというようなことがあります。そのため、ホテルやレストラン、百貨店などに売り込み高値で取り引きしてもらうか、規格外品を加工品にするという話になってきます。

 ホテルやレストランに売り込む場合、認知度やブランド力のアップにつながる半面、実際に売れる量はとても少ない場合もあります。以前、松山市では、販路開拓にあたって東京のホテルに市の地域ブランド産品「松山長なす」を売り込みました。昼食用の弁当などに「松山長なす」を使用してもらうことができて良かったのですが、3カ月間でホテルが実際に仕入れてくれた「長なす」の量は、わずか10箱。一方、大手百貨店である伊勢丹に売り込んだところ、同じく3カ月で500箱くらい仕入れてもらえました。ホテルやレストランと、百貨店とではこれだけの差があるわけです。

 加工品作りに関連して、国は六次産業化法(地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律)という法律を2010年に制定しています。この法律の正式名称の中には、二つの政策目的が明記されています。一つ目は新産業創造、二つ目は地産地消です。この法律に基づいて、国は新産業創造を支援するための低金利融資や交付金の制度、規制緩和措置などを設けています。しかし現在、国の 計画認定を受けて六次産業化に取り組もうとしている松山市の農家は、ゼロです。

 なぜ進んでいないのか? それは初期コストがかかるからです。ノウハウがないという問題もあります。農家さんは、物を作ることはすごくうまいです。一流です。しかし、それを百貨店で売りましょう、加工品にしましょうとなると経験やノウハウがない。また、機械などを入れるためにはコストがかかる。コストがかかる、ノウハウを知らない。この二点が大き な問題です。

 

 

Q3 国がつくった制度や施策にも問題があるということでしょうか?

 うーん、まぁ、そういう面もあるといえるのかもしれませ ん。松山市の農家さんなどの多くは、小・中規模の園地で、家族経営の方が多いと思います。北海道のように大きな土地があるわけでもないので、なかなか活用しにくいといったこともあるように思います。

 

Q4 加工品作りを進めようとしたときに問題点はありますか?

 農作物の流通には、簡単にいうと2パターンあります。一 つは、市場を経由して商品を流すもの、もう一つは産直市やインターネットなど個人で売るものです。それぞれ特徴があります。たくさん作った農作物を大量に流通させるのであれば市場です。個人経由は、作っても売れないものも出てくるので、いいものを作って絶対に売れる自信があるものは、個人で売る方法もいいと思います。

  加工品にすると、その農産物の特徴が出にくかったり、加工後に味が変化したりする場合もあります。例えば「紅まどんな」という高級みかんは品質管理が厳しく、近年では解禁日を設けて売り出しています。そのため、規格外も多く出てきますが、ゼリーなどに加工したら、「紅まどんな」という品種のネームバリューもあるから、付加価値がついて高く売れるのではと思うでしょ? でも、加工品にするためには、保存剤を入れたり、シロップ漬けにしたりして紅まどんなの本来の良さがなくなってしまうこともあります。加工品にするならば、八朔やいよかんなど、もっと味に特徴があるものの方が向いているという意見もあります。

 また、愛媛で獲れる魚は種類も豊富ですが、小魚も多いです。種類が多いため、形が不揃いなものばかりだから、 加工品にするには一つ一つの形にあった機械や工場が作りにくいという難点があります。一定量あれば年間通して工場が回転でき、コスト削減できますが、愛媛ではなかなかそういうものがない。そういう面では、種類が豊富すぎるほど豊富な、松山市、愛媛県の農水産物は、加工品に向かないのかもしれません。

 

Q5 農政の取り組みを教えて下さい。

 行政の変化では、昔は生産者に対して技術指導を行うなど生産支援といったものが多かったと思いますが、現在はそれに加え、収益を上げるための販売流通にも関わっていくようになりました。松山市が、紅まどんなの販売促進を関東で一番に始めたのが千葉三越です。千葉の営業統括部長さんが以前、松山三越におられたときに、松山のことをすごく好きになってくれて、千葉に異動された時に「松山にこんなおいしいものがあるから店に売ってみなさい」とみんなに言ってもらえました。

 初め、千葉三越店の人は「紅まどんな」がそれほど売れるなんて信じていなかったのですが、2010年に試食宣伝会をしたら、わずか2日間で30万円分ほど売れました。こ ういう販促のものはだいたい10万円分しか売れないらしく、みんなびっくりしました。翌年には、千葉三越の部長さんが「伊勢丹の松戸店を紹介するから販促してみては?」と言ってくれて、さらに伊勢丹新宿本店でも、と広がって いき、取り扱ってくれる店舗は10店舗(2012年現在)にまでなっています。

 

Q6 1円でも高く売る努力をされていますが、その原動力は?

 農家の大変さをもっと知ってほしいです。野菜一つ作るにもこれだけの手間をかけて100円ということは安いのたという感覚を持たないといけないと思います。しかも野菜などは、生モノものです。時間が経てばどんどん傷んでくるから売れなくなります。こういう農家の苦労を知った上て適正価格を付けなくてはいけないと思います。

Q7 現場での苦労話などあれば教えて下さい。

 やはり、行政の人間ですから、今まで営業などをしたことがない。どこに行けば、誰と話せばいいかというノウハウが全くなかった。また、卸売業者・仲卸業者など、昔ながらの慣例があるので、そういったことも知らないといけないなど、以後、そういった農業の流通のしきたりに気を付け て仕事をしています。

 また、市役所は人事異動が3年から5年程度。農家さんをサポートしていくにも、一定の知識が必要で、私自身もいつまた人事異動があるかわかりません。課の中には農業の専門家も少数ながらいますが、僕自身はいわゆる一 般の行政職で、農家の皆さんのように自分で物を作ってい るわけではありませんし、農業や流通の専門知識も十分とはいえません。専門家として物の保証をするのではなく、 どうしても限られた知識の範囲内での紹介にとどまってしまうという意味では、まだまだかなと思っています。そんなふうに、いろいろな面で行政の限界は感じつつも、何とか自分に出来る範囲のことを頑張っています。

 

Q8 地産地消についてどう考えていますか?

 実は、地産地消は、お金がかかる場合があるんです。なぜかというと、農作物を松山市などの狭い面積で作るので、量がそんなに取れない分、単価が高くなるからです。大量に同じものを作るのが安くするための秘訣です。

 ならば、地産地消の本質とは何か? 一番は、地元のものを地元で食べようということも大事だと思いますが、地元の歴史文化を継承しようということが本筋だと私は思います。ですが現実には厳しい。たとえばナス。一般的に流通しているナスは、「千両なす」というものが多いのですが、愛 媛県西条市では「絹皮なす」、大阪では「泉州水なす」、山形では「小なす」など土地に合った地元野菜となります。地元野菜を知って食べていこうということが地産地消なのに、作りやすさや収益性を考えた時に地元野菜は減っていっています。最近では、松山長なすの生産者も他のナスや他の野菜などに切り替えており、生産者も減ってきています。なぜかというと、同じ手間をかけて収量が倍になったりするからです。

 最近は 、旬というものがなくなってきていますね 。スイカ、リンゴも、今は下手したら年がら年中あります。保存や輸送の技術の発達によるいい面もあるのだけれど、食べ 物の旬とか美味しい時期とかだんだんなくなっていっています。昔は、保存技術がないから、地元の風土に合わせた料理にすることで地元のものを残していました。農作物は土地に合わないと育たないのです。だから、地元野菜というものができたり、地元の特産品というものができます。そういう意味で、郷土料理や地元に根付いたものを食べることが本当の意味の地産地消だと私は思います。

 

編集後記

 福田さんのお仕事は、書類片手に椅子でじっと座ってやる仕事かと思っていました。しかし、お話をされた次の日も新しい販路開拓のため千葉県へと出張のご予定とのことでした。全力で松山市の農業をどうにかしようという熱い思いで、今行政としてできる販路開拓をしている福田さん。その仕事に対する姿勢に、心打たれました。

 農業は今大変厳しい状況です。最近では、減反政策の転換やTPP交渉など、農業を取り巻く環境が変わる中、日本の農業再生のカギとして注目されている六次産業化も、いつでもどこでもうまくいく万能薬ではないのです。また、当たり前にあった野菜もいずれは日本産の表示が消えるかもしれないということが現実味を帯びてきており、このままではいけないと痛感します。農業の大変さを正しく理解し、私たちがもっと耕作放棄地や後継ぎ問題を自分の将来関わってくることとして、問題意識を持たなくてはいけないと強く感じました。

 

取材日:2013年12月12日

取材:笠間夏貴・武本侑子・藤田智子

文:藤田智子

 

 

松山長なす。

松山長なす。

紅まどんな。 出典:まつやま農林水産物ブランド化推進協議会サイト (URL : http://www.matsuyama-brand.com/)

紅まどんな。 出典:まつやま農林水産物ブランド化推進協議会サイト
(URL : http://www.matsuyama-brand.com/)